施設のご紹介

模擬坑道

地下600mに降りる雰囲気をあじわいながら入坑した坑道には、実際と同じ枠が作られ、各ステージに古い時代から現代まで順に石炭の掘り方が再現され、まるで石炭坑道に入ったかのような空間が展開します。さらに、石炭に関する資料パネルなどさまざまな資料を展示しております。

模擬坑道マップ

 

竪坑(たてこう)エレベーター

模擬坑道入口。最初に、竪坑エレベーターで模擬坑道に入ります。地下600mの坑底に入坑する雰囲気を擬似体験することができます。

 

狸掘り 〔安政3(1856)年頃〕

石炭を発見した、安政3(1856)年頃から明治初期頃までは、露頭を見つければ、無計画に石炭のある所を追いかけ掘り出しました。掘り出したあとは、天井の崩落を防ぐため簡単な支柱で支える程度でした。作業単位は夫婦、親子、兄弟などの家族が多く、2~3人が一組となって「ツルハシ」で石炭を掘り、ガンヅメ(熊手)で石炭をかき集め、ミツカイ(箕)に入れて、炭ガラ(石炭籠)に積んで搬出しました。石炭を掘った空間が狸の巣穴に似ている所から、狸掘りの名前がつきました。

 

手積採炭 〔昭和19(1944)年頃〕

昭和19(1944)年頃の採炭切羽です。炭車の大きさは各炭鉱でまちまちで、一函当りの貰える賃金も、積み具合によってかわりました。石炭を積んで枠を入れて一工程が終るわけです。切羽の後方では、軌道夫が坑道のカーブに合わせてレールを曲げています。このレールを曲げたり、あるいは曲がりを直して真っすぐに直す器具を、ジムクローといいます。

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温泉立孔ボーリングと水風呂のある排気坑道〔昭和35(1960)年頃〕

立孔ボーリング
温泉の水位を下げないと、採炭中に岩盤から温泉がふき出して危険なのが、この常磐地区の特徴です。温泉の水位を下げるために、ボーリングで強制的に抜水しました。このお湯が温泉街にも送られています。
水風呂
高温多湿箇所の作業では、体温がすぐ上昇するので水風呂に入って体を冷し、塩分(塩又は梅干し)を補給して作業しました。

 

詰所(交番所) 〔昭和35(1960)年頃〕

坑内には各方部毎に詰所を設けました。その方部の保安・生産・賃金を管理する現場事務所です。 また機電や測量、保安係員などと互いに相談し打合せを行った場所でした。

 

仕繰り拡大作業 〔昭和40(1965)年頃〕

古い坑道は上下、左右からの地圧によって枠は折れ、断面はせまくなり、遂には通気もむずかしい状態となります。この様な坑道を、もう一度運搬坑道や通気坑道として使用する場合には、仕繰り拡大作業を行います。
先山はパッキン(楔)の再締(ゆるんだ楔を締つける)をし、後山は枠入れの根掘り作業中です。

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ロードヘッダーによる掘進切羽 〔昭和43(1968)年頃〕

全断面切削機一孔をくって火薬を込め、発破を行い積み込みを行うといった一連の作業が、一台に組み込まれた機械―コレがロードヘッダーです。火薬を使用しないので、安全上からも画期的な機械でした。切削した石炭は炭車にも積めますが、より一層掘進のスピードをあげるために、ダブルチェーンコンベヤーに積み、切羽後方で炭車に積む方法をとりました。ガス観測手が、炭層から湧出するガスの滞溜がないか、天井のくぼみを測定しています。

 

ダブルレンジングドラムカッター 〔昭和45(1970)年頃〕

コンベヤーに乗って、行きも帰りもコンベヤーに固定されたチェーンを自分で巻き取りながら、石炭を切削し積み込みも行う機械です。
(機械仕様)製作・三井三池製作所切込深さ 0.7m 電動機電圧1,000V切削速度0~10m/min 電動 200KW製作年・昭和45(1970)年。

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鉱山救護隊

鉱山において、万一ガス炭じん爆発や坑内火災などによる災害が発生した時は、救助活動のため鉱山救護隊の出動が必要になります。

 

 

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いわき市石炭・化石館  [地図]
〒972-8321 福島県いわき市常磐湯本町向田3-1
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